活字 & 映画ジャンキーのおたけび! -3ページ目

神話は崩壊するのか、蘇るのか。

【ソニーが危ない!(本)】 

●著者 :荻正道
●出版社:彩図社(2005.11発行)
●価格 :¥798


去年9月に、経営陣が総退陣し、
初の外国人CEOであるストリンガー氏のもと、
新体制をスタートさせたソニー。
その直後には、実に11年ぶりとなる
連結の赤字決算見通しを発表している。

本書が書かれたのはその2年程前、
ソニーが予想外の大幅な減収減益となり、
株価が暴落した、2003年4月の「ソニーショック」
から約半年後のことだ。
当時は新商品「PSX」も発売され、
再び上昇に転じたように見えていたソニーだが、
本書は、そんなソニーが抱える
本質的な問題点を指摘し、現在の低迷を
予言するかのような内容になっている。

最近のソニーは、たしかにいいニュースが少ない。
iPodの圧倒的人気の前に、
苦戦が続く「ウォークマン」。
ポータブルゲーム機において、
ニンテンドウDSにシェアで水をあけられて
いる「PSP」。
テレビの新ブランド「BRAVIA」も売り上げは
好調とはいえない。

90年代、プレイステーション、VAIO、そして
ロボット犬アイボと、話題商品を連発し、
業績も右肩上がりだったソニーが、
なぜこうなってしまったのか。
筆者はその理由のひとつとして、
現場と経営陣との意識の解離をあげる。

創業者、井深大と盛田昭夫時代以来、
ソニーは何をおいても、ものづくりを
第一とする技術者集団だった。
それが規模の拡大にともない、華やかな
フレーズのもと、コンセプトやイメージを
優先したビジネスを展開してきた
つけが回ってきたのではと指摘している。
文系出身で「技術屋の心をわかっていない」
と批判された前社長の出井氏には、
とりわけその傾向が強かったという。

これはソニーに限らず、日本社会全体に
あてはまることかもしれない。
ものづくりという、手で触れることの
できるものを信じて突き進んできた日本が、
株に代表される、実態の見えないものに
心酔していった結果、先のライブドア事件
などを生み出したのではないか。
ソニーが今後、どう変わっていくかは、
案外日本のこれからと、どこかでリンク
しているのかもしれない。
神様と呼ばれた井深大の、技術に対する
感動的なエピソードなども多々紹介されて
いて、読み物としても味わい深い。


■個人的ハマリ度  ★★★★(★5つが最高)
荻 正道
ソニーが危ない!―SONY10年の天国と地獄

カラダは、口ほどに物を言う。

【マシニスト(映画)】

<2004年、スペイン・アメリカ>
●監督/ブラッド・アンダーソン
●出演/クリスチャン・ベール、ジェニファー・ジェイソン・リー 他


DVDジャケットの、やせ細った男のインパクトに
何の予備知識もなしに見たが、思わぬ拾い物だった。

機械工のトレバーは、不眠症に悩まされ、
もう1年も眠っていない。体はガリガリにやせ、
集中力も散漫になっていた。
そんなある日、職場でアイバンという名の
見知らぬ男が声をかけてくる。
アイバンの不審な行動に気をとられたトレバーは、
同僚に大怪我をさせてしまう。
しかし職場の誰もが、アイバンなどという男は
ここにはいないと口にする…

冒頭から登場する主人公、トレバーの劇ヤセぶりに
まず驚く。ほんとに骨と皮だけという表現が
ぴったりなほど。そしてこれを演じているのが、
クリスチャン・ベールだと知って再びびっくり。
クリスチャン・ベールといえば、
バットマン・ビギンズで主役のバットマンを
演じるなど、いま注目の俳優。
もともと筋肉質のひきしまった体型だったとはいえ、
言われなければ、同一人物とは思えない変身ぶりだ。
役者が役づくりで太ったり、やせたりというのは
よくあるが、ここまでの例は聞いたことがない。

ストーリーは中盤ぐらいで、オチが予想でき、
後から考えると、やや?と思える部分もあったが、
睡眠不足のトレバーが見た世界を
イメージしたような、ちょっとブルーがかった
映像がなかなかいいムードを出していて、
最期まで楽しめた。

なにわともあれ、細かいことは、あのカラダを
見れば、まあいいか、と思えてしまう。
肉体の持つ説得力が、全編を覆っているのだ。


■個人的ハマリ度 ★★★★(★5つが最高)
アミューズソフトエンタテインメント
マシニスト


ニンゲン・ヒトラー

【ヒトラー 最期の12日間(映画)】

<2004年、ドイツ>
●監督/オリヴァー・ヒルシュビーゲル
●出演/ブルーノ・ガンツ、アレクサンドラ・マリア・ララ 他


アドルフ・ヒトラーの自決までの日々を追った、
ドキュメントタッチの作品。
けっこう長いのだけど、緊迫感に満ちた映像に
目が離せなかった。
映画は、ヒトラーの秘書を務め、戦争を生き延びた
女性が、その時を回想する語りから始まる。

1942年、トラウドゥル・ユンゲは、
ヒトラーの個人秘書に採用される。
戦局は次第に悪化の一途をたどり、
1945年4月、ソ連軍はベルリンの中心まで侵攻、
追いつめられたヒトラーは地下にこもりながら
指揮をとる。
ベルリン陥落が目前に迫っても、ヒトラーは
決して負けを認めようとしない…

ヒトラーを演じたブルーノ・ガンツの熱演が光る。
容貌もほんとにそっくりで、
(というか、もともと似てたから役に
決まったのか?)まさにヒトラーがそこにいる、
という錯覚を覚えるほど。
戦局の厳しさに狂気を帯びた目で激高する一方、
秘書や子供たちには、やさしい眼差しを向ける
ヒトラーの両面を、丁寧に、誠実に演じている。

ヒトラーというとユダヤ人の虐殺というイメージが
強いが、映画がヒトラーの晩年を描いているため、
それに対しての直接の描写はほとんどない。
この企画自体、よく実現できたものだと思うが、
ユダヤ関係をメインにするのは、
やはり難しい面があるのかもしれない。
あくまで、ヒトラーの最期に至る過程を、
過剰にドラマチックに演出するのでもなく、
事実にもとづき、客観的に描写しようとしている
印象だ。

勘違いしていたのは、ヒトラーは最期はひとりで
自決したものだと思っていたのだけど、
妻である女性と一緒に亡くなっていた点。
しかも結婚式をあげたのは、その数日前。
敵機の爆撃音が響く中だ。
この孤独な支配者に、最期を一緒に迎える者が
いたというのは、彼にとっての唯一の救いで
あったかもしれない。

強さ、もろさ、ありのままの人間、ヒトラーを
知るには格好の一本だろう。


■個人的ハマリ度 ★★★★(★5つが最高)
日活
ヒトラー ~最期の12日間~ スペシャル・エディション


沈没前夜は続いている?

【日本沈没(映画)】

<1973年、日本>
●監督/森谷司郎
●出演/藤岡弘、丹波哲郎 他


今年、スマップの草なぎ主演で
リメイク作が公開される。
その前に本編をチェックしておこうと鑑賞。
もう30年以上前の作品だけど、なかなかどうして
今でも十分に見応えがある。

深海潜水艇で日本海溝の調査に赴いた田所博士
(小林桂樹)と操縦士の小野寺(藤岡弘)は、
海底に異変が起きていることを発見する。
やがて大地震が東京を襲い、壊滅的な被害が
出るが、それは、来るべき日本沈没の日への
序章に過ぎなかった…

まず、俳優陣が濃い~!!
藤岡弘は今と変わらぬあのしゃべりだし、
総理大臣には丹波哲郎!
博士役の小林桂樹も、くせ者の匂いを
プンプンさせている。
しかし、そのやや過剰とも思える演技が、
この映画のスケール感には逆にマッチしているのだ。

東京の街の破壊や富士山の爆発、大津波など、
特撮シーンも満載。もちろんCGなどない時代だから
ほとんどがミニチュアを使ったもので、
現在と比べると見劣りするのは当然だが、
当時としては、ものすごい力が入っている。

映像的なものに加え、感心したのは、
実際にこういう状況になった場合の被害はどうか?
日本列島の消失という未曾有の危機に面し、
政府はどう動き、解決策を見い出すのか?
といったことに対しての回答が、かなりの
リアリティとともに描かれていることだ。
これは徹底したリサーチのもとに執筆された
小松左京の原作の力が大きいのかもしれない。

この映画が公開された当時は、高度経済成長の
まっただ中にありながら、その一方で
「ノストラダムスの大予言」など、
世紀末の思想が蔓延していた時期だ。
そんな未来に対する漠然とした不安が、
「日本沈没」というショッキングなモチーフと
重なって、大ヒットしたのではないだろうか。
だとすると、明日に夢や希望を抱きがたい
今という時代も、何か当時と似たものが
あるように思う。

消え行く日本を見据えながら、田所博士が
つぶやく「日本を信じたい」という台詞が
ズンと胸に迫ってくる。
リメイクが、平成の世の日本、そして日本人
への思いをどう描くのか楽しみだ。


■個人的ハマリ度 ★★★★(★5つが最高)
アミューズソフトエンタテインメント
日本沈没 M-1.0


「戦争」という名の日常。

【となり町戦争(本)】 

●著者 :三崎亜紀
●出版社:集英社(2004.12 発行)
●価格 :¥1,470


昨年の話題作。ようやく読了。
なんとも不思議な味を持った作品だ。

会社員である主人公の僕は、ある日、
町の広報誌で、自分の住んでいる町と、
となり町とが戦争を始めることを知る。
実際に戦争が始まっても、それらしき音も光も
気配も感じられず、街は平静を保っているように
見えた。そんな僕のところに町役場から
「敵地偵察」の任務が届く。
戦争の実感を持てないまま、僕はとなり町へと
踏み込んで行く…

まず何といっても設定の妙!
日本人にとって、いつしか戦争は
「テレビの画面で見るもの」
という認識になって久しい。
そんな戦争に対する、2次元的でリアリティの
欠如した感覚を、「となり町との戦争」という、
ありえない状況に置き換えることで、
逆に奇妙なリアリティを生み出すことに成功している。
そしてディテールを積み重ねていくことによって、
この狂気を帯びた静寂な世界を構築する、
新人離れした文章力もすごい。

最初、「となり町との戦争」という状況の
背景にあるもの、これは、いつの時代のどこの話?
町同士が戦争をしなければいけない理由は?
など、説明不足の部分が気になっていた。
それは読者それぞれが考えてほしい、といった
スタンスは、ただの逃げなんじゃないかと
いうように思ったのだが、読む進むにつれて、
気にならなくなっていた。
作者のねらいは、そういった戦争の背景や状況を
訴えるのでなく、何もわからぬまま戦争に巻き込まれて
いくひとりの人間が何を感じ、考えるのか、
その思いと行動を通して、戦争のもつ本質を描こうと
しているのではないかと考え直したからだ。
それは言いかえれば、現代の日本、あるいは日本人と
戦争の関係の投影ともいえる。

小説の中では、爆弾が爆発することもなければ、
人が死ぬシーンの描写もない。
それでも、首にナイフを押し当てられているような、
ひんやりとした恐怖が行間から漂い、
静かに迫りくる緊迫感に、息苦しさを覚える。
予想外の結末も、ひねりが効いていて切れ味がいい。

話題作にはすぐに、映画やドラマ化が舞い込む
昨今だが、これは映像にするのは、
おそらく無理だろう。
それは、これが本の中で描かれていることに
プラス、読者の頭の中の想像によって
完成される物語だからだ。
そういう意味でも、まさに小説を読む醍醐味を
満喫できる一冊と言える。


■個人的ハマリ度  ★★★★(★5つが最高
三崎 亜記
となり町戦争


謎の裏に、愛あり。

【容疑者Xの献身(本)】 

●著者 :東野圭吾
●出版社:文藝春秋(2005.8 発行)
●価格 :¥1,680


昨年の「このミステリーがすごい!」などで、
軒並みランキングの1位を独占した話題作。
まもなく発表される直木賞にもノミネート
されている。(すでに6回目の候補。
いいかげん取らせたれよ)
今年はもうすぐ「白夜行」のドラマも
始まるし、東野の当たり年になりそう。

離婚して娘と暮らす靖子を、
ある日、別れた夫が訪ねてくる。
変わらず横暴をはたらく夫を、
靖子は思わず殺してしまう。
途方にくれた靖子だが、
隣室に住む高校の数学教師、
石神が救いの手を差しのべる。
実は石神は、
以前より靖子に恋焦がれていたのだ。
靖子を罪から逃がすために石神が仕掛けた
驚愕のトリックとは?
また石神と旧知の仲であり、刑事からアドバイス
を請われる身でもある大学教授、湯川が推理する
犯人像とは?

設定の妙、トリックの斬新さ、そして石神を
はじめとした登場人物の造型。
たしかに評判に違わず、よくできてる。
知らなかったけど、この湯川という大学教授を
主人公にしたシリーズもあるらしい。

理系出身で、元エンジニアという肩書きのある
東野らしい、数式をちりばめたアカデミックな
タッチと、石神の靖子への純愛とも言える
想いがかもし出すせつなさがミックスし、
独特の空気が生まれている。
文章の読みやすさもあり、すらすらと一気に
読んでしまった。

十分満足できるのだが、ちょっと引っかかったのは、
石神がなぜそこまで、
靖子のために尽くせるのかという点。
ラスト近くに、石神が靖子に引かれたきっかけが
描写されるのだが、正直「え、それだけ?」
と思ってしまった。
まあ、人を好きになるのに理由なんていらないと
いえばそうだが、それはあくまで現実でのこと。
小説(特にこういうミステリー系)では、そこに
説得力がないと、登場人物に感情移入できない。
個人的にはその一点のみで、
真の傑作になりそこねたという印象になって
しまったのが残念。


■個人的ハマリ度  ★★★★(★5つが最高)
東野 圭吾
容疑者Xの献身


2005年マイベスト

今年もなんだかんだと本を読み、映画を見た。
その中での個人的ベスト(順位はつけず)。


まずは映画

●奇蹟の海
この監督のテーマはつねに一貫している。
「迫害される者の愛」。ラストの救いにホッ。

●日の名残り
煮え切らない男の誇りと悔恨。
しかし誰しも思い当たる心情に共感。

●いま、会いにゆきます。
ラスト15分が圧巻。ジグソーパズルが
組み合わさっていくがごとく押し寄せる感動。

●運命を分けたザイル
崇高な人間の精神力に、手に汗かきっぱなし。
フィクションではこの迫力は生まれない。

●電車男
脚本、演出、俳優、みんないい仕事してるなあ。

●青春の殺人者
70年代の、どこか鬱屈した空気が全編に漂う。
水谷豊がとにかくかっこいい!

●1リットルの涙
ドラマよりも映画版の方が印象に残った。
主演の大西麻恵の熱演が光る。

●ごめん
小学生の恋を、関西弁のユーモアをまじえ、
詩情豊かに描写。もう応援せざるを得ない。

●チャンス
ある種のファンタジー。よくある設定だが、
抑えぎみの演出がいい味を出している。

●飢餓海峡
力作の一言。3時間の長編なのに、
よそ見をしている暇がない緊迫感。

●アダプテーション
ものすごい凝った構成なのに、
スッと心に入ってくるテクニックに驚嘆!

●オープンウォーター
アイデアの勝利!この手のモノは一回しか
使えないが。本物のサメに挑んだ勇気にも拍手。


続いて本

●対岸の彼女(著者:角田光代)
直木賞受賞作。女二人の友情をリアルに、
クールに描く。ふたりの距離感が抜群にいい。

●明日の記憶(著者:荻原浩)
映画化も決定。夫婦の絆の強さ。これほど
悲しくも美しいラストシーンは記憶にない。

●幸福な食卓(著者:瀬尾まいこ)
読みやすいのに、とんてもなく深いものを
秘めている。作者のあたたかい目線に癒される。

●重力ピエロ(著者:伊坂幸太郎)
シャープでクールな文体に酔いしれる。
父親が発した最後の言葉は、あまりに重い。

●暗いところで待ち合わせ(著者:乙一)
これも映画化が決定。ヒューマンな乙一に
驚いた。どこまで多芸なんだ。

●東京タワー(著者:リリー・フランキー)
これは愛についての本だ。その愛が問いかける。
あなたの愛はどうですか?

●凍(著者:沢木耕太郎)
自然は偉大だ。だがそれに挑む
ちっぽけな人間も、また偉大だ。


来年も、たくさんのいい本、映画との
出会いがありますように。

スクールウォーズ、フレンチ風味。

【コーラス(映画)】

<2005年、フランス>
●監督/クリストフ・バラティエ
●出演/ジェラール・ジュニョ、ジャン=バティスト・モニエ 他


本国フランスで、あの「アメリ」を超える
史上最高のヒットを記録したとか。
「ニュー・シネマ・パラダイス」で映画監督役
として出演したジャック・ペランが、
今度は世界的な指揮者役として登場。
彼が少年時代を回想するカタチで、物語は始まる。

1949年、音楽教師マチューは「池の底」という
名の寄宿舎に赴任する。この学校には、
親をなくした子供や素行に問題のある子供たちが
集団生活をしていた。
荒れた学校を建て直すために、マチューは合唱団を
結成し、歌う喜びを教えていく。
最初は面白半分だった子供たちも、マチューの
情熱に、次第に歌の魅力にとりつかれていく…

素直に、いい映画だと思う。
荒れた学校を舞台に、教師が何かを通して、
子供たちに自分を信じる大切さを伝えていくと
いう設定は、コーラスをラグビーに置き換えれば
あの「スクールウォーズ」と重なる部分もある。
もっとも、フランス映画だけに、あのドラマの
ような、ねばっこく暑苦しいものはなく、
さらっとおしゃれな描き方だけど。

ストーリー自体は、まあよくあるベタなもの
だけど、少年たちの歌声は一見(一聴?)の価値あり。
劇中で合唱をしているのは
リヨンのサン・マルク少年少女合唱団。
中でもボーイソプラノを演じ、“奇跡の歌声”と
賞される、ジャン=バティスト・モニエの
印象は鮮烈だ。

映画は、うまくいきかけたかに見えた
合唱が、ある事件をきっかけに
急展開を迎えて幕を閉じる。
ここの描写もあっさりぎみ。
どうも、もっとたたみかけてくれたら、
あと一歩突っ込んでくれたら泣けるのに…
というところで、すっと引いてしまうので、
物足りなさが残るのも事実。
スクールウォーズの、あのギトギト感が
欲しいとも思ってしまった。


■個人的ハマリ度 ★★★(★5つが最高)
アミューズソフトエンタテインメント
コーラス コレクターズ・エディション


交渉 or 交流?

【交渉人 真下正義(映画)】

<2005年、日本>
●監督/本広克行
●出演/ユースケ・サンタマリア、寺島進 他


『踊る大捜査線』から生まれた、スピンオフ企画。
今年は本作以外にもスピンオフ第二弾として
「容疑者 室井慎次」も公開され、ヒットした。
こういう番外編が制作されるのも、それぞれの
キャラクターがしっかりと立っていて、また
ファンに愛されているからだと思うが、
今回のユースケ演じる真下は、どうもぼやけた
印象だ。

2004年のクリスマス・イブ。
東京の地下鉄を走る最新鋭の実験車輌(通称クモ)
が何者かに乗っ取られ、乗降客200万人の命が
危険にされされる。
犯人から名指しされた警視庁初の交渉人・
真下正義は、言葉を武器に姿が見えない敵に
立ち向かう…

設定はおもしろいし、アクションシーンも
CGをうまく使って、なかなかの迫力。
初登場の寺島進演じる無頼派刑事も、
いい味を出している。
テンポは、踊るシリーズの本広監督だけに
折り紙付き。ゆえに、それなりに楽しく
見れるのだが、不満もないではない。

一番物足りないのは、交渉人である真下の、
肝心の交渉テクニックが見えないところ。
犯人と真下は頻繁にやりとりを重ねるのだが、
なんだかダラダラと普通に話してるだけで、
「おー!」とか「さすが、やるな」
という驚きがない。
プロの技とでもいうべきものが、感じられないのだ。
わざわざ「交渉人」とタイトルを打ってるのだから、
観客はそこに期待しているはずだし、
その部分をしっかり描いてこそ、
カタルシスも生まれるというものだ。
また、真下はどういったスタンスで
交渉に望んでいるのか。
どんなタイプの交渉人であろうと
しているのか。ということもわからないので、
人物としての魅力に欠けてしまう。

それと犯人の正体が、最後まで結局わからない
ってのも、なんとも消化不良な印象。
わざわざ真下を相手役に指名しているのだから、
何か関係があるヤツでは?と思ったのだが、
そうでもないし。
無気味な余韻をねらったのかもしれないが、
この手のサスペンスで、それをやっちゃ
ただの手抜きにしか感じられない。

全体を流れる空気がいいだけに、
ところどころの中途半端さ加減が、
なんとももったいない気がした。


■個人的ハマリ度 ★★★(★5つが最高)


ポニーキャニオン

交渉人 真下正義 スタンダード・エディション





シーナの新たな門出。

【新宿熱風どかどか団(本)】 

●著者 :椎名誠
●出版社:新潮文庫(2005.11 発行)
●価格 :¥580


以前はよく読んでいたが、ここのところ
ご無沙汰だった椎名誠、久しぶりに楽しんだ。
本書は、以前から継続的に書き継がれている、
自伝的エッセイの流れをくむもので、
椎名が35才にして流通誌編集長の職を辞し、
フリーとなった時期を中心に書かれている。

脱サラした椎名は、創刊4年目を迎える「本の雑誌」
の編集長と平行し、もの書きとして本格始動する。
数々の体当たりのルポをこなし、
書き下ろしの単行本執筆のために、
あこがれのホテルでのカンヅメを体験し、
また初のサイン会も行う。

特にどうということのない日常でも、
椎名のあの軽妙にして、ユーモアたっぷりの文章で
つづられると、何ともいえない味のある風景に
感じられるのはさすが。
イラストレーターの沢野ひとし、
本の雑誌社社長の目黒考二、
そして弁護士の木村晋介と、
椎名ワールドではおなじみの面々も随時顔を出し、
読み進めるうちに、自分も彼らの隣で、
そのやりとりを聞いてるような、
居心地の良さに浸れるのだ。
今や人気作家にして、元本の雑誌社社員、
群ようこと椎名のやりとりも、なんともおかしい。

ユーモアの間にだたよう、
そこはかとないノスタルジーも、
いいアクセントになっている。
椎名の歩みに、それぞれのこれまでを重ねて
見るのもいいかもしれない。

このシリーズはずっと続けてほしいと思うし、
椎名本人もそのつもりだったようだが、
あとがきを読むと、もう過去の事を書くことに関心が
なくなってしまったとあり、
今のところ続編の予定はないらしい。
うーん、残念。
でも気まぐれな誠っちゃんのこと、
いきなり書き下ろしでドーンと新作登場!
なんてことになるかも、と期待しておこう。


■個人的ハマリ度  ★★★★(★5つが最高)
椎名 誠
新宿熱風どかどか団